西村玲子先生のこと
「まだ公にはなっていないのだけど」という前置きで、
西村先生の訃報を伺ったのは少し前のことでした。
昨年の夏、先生のご自宅にお見舞いに行かれた方から伺ったお話しですと、
その頃の先生は、リビングの大きな窓のそばにベッドを移されて、
窓から見える大きな木がゆらゆらと風に揺れる姿をご覧になっていたそうです。
西村玲子さんのお名前はもちろん、学生の頃から存じ上げていました。
空気感のあるさらりとした輪郭に緩やかに色鉛筆で色付けされたイラストは、
なんでもない日常を軽妙でおしゃれにしてくれました。
時にヨーロッパの香りまでしてくるようで、憧れの気持ちを抱いたものです。
その西村先生がいつの頃からか
私の店に花を買いにいらしてくださるようになっていました。
でも私は先生のお顔を存じ上げなかったので、
その事実を知るのはもっと後のことになります。
吉祥寺でご飯を食べる日はジェンテに寄る日、
と決めてくださっていたそうで、
そんなことを笑い話にして教えてくださったのは、
わずか数年前のことでした。
西村先生のことをあの西村玲子先生なんだと認識したのは、
もう少し前、7~8年前だったでしょうか。
当時まだ青山にあったランジュパースさんのイベントで
偶然ご一緒させていただく機会がありました。
その日はスペシャルなお茶をいただきながら俳句を読むという会で
私にとってはかなり高尚な時間だったのですが、
そこでお隣に座られたのが西村先生だったのです。
会の最中、交わされる何気ない言葉の一つ一つがとても素敵でした。
周りの方のお話をメモまでとりながら聞かれ、
的確な質問をふんわりと優しいお言葉で投げかけられる、
まさに大人の女性という感じ。
この方はどなたでしょう?と思っていた時に、
ご自身から自己紹介してくださいました。
そして、その方こそが西村先生であり、
ジェンテのことを初期の頃からご存知でくださって、
よく花を買ってくださっていたということを知るわけです。
感激と興奮でその日の帰り道は心がいっぱいになったのを
今でも覚えております。
その後も度々店にいらしてくださっていたのですが、
genteが今の店舗に引っ越してすぐ、
夜一人でクリスマスリースを夜なべ仕事で作っていたとき、
お食事後の西村先生がお越しになって閉店後の店内に入られ、
「私、この空間で何かしたい」とおっしゃってくださったのです。
お世辞か冗談かと思ったので、
「なんでもしてくださいよ〜」と軽くお返事したその一言で、
先生は「個展したい!」とその場で決断なさったのでした。
「わ〜!嬉しいな〜」なんて、軽くお答えしたのですが、
次の日から「本当かな?」「本当だったら嬉しいな」
「でも冗談かもしれないからあまり考えないようにしよう」などと、
心の中で小さな独り言が交わされている数日後に、
西村先生からご連絡をいただきました。
「時期や内容を相談しましょう」とのことでした。
「本当だったのだ」
「あの西村玲子さんが、私の店で個展をしてくださるのだ」
と、ぼんやり考えながら
「人生は素敵だな」と
このひょんななご縁を驚きとともに嬉しく感じておりました。
そして、今は無き吉祥寺「竹炉山房」で
西村先生、ランジュパースのオリーブさんと私の3人で、
美味しい中華料理をたらふくいただきました。
楽しいお話に大笑いしたり、慰めあったりしながら、
西村先生の人生の道のりまで語っていただき、
打ち合わせという名の、とっても楽しい女子会だったように思います。
店を出た後、先生が「もう少し一緒にお話ししましょう」とおっしゃって、
あれだけたくさんいただいた後なのに、
カフェに入ってケーキまでいただきました。
その時も大笑いしたり、一緒になって怒ったり。
様々な感情を3人とも素直に出しながら共感しあっていたようにも思います。
(共感とか、ちょっと図々しいのですがお許しください)
最後に会計をする頃になって、先生が
「私ここしばらく胸がムカムカして何も食べられなかったのだけど、
今日は全て美味しく食べられた」とおっしゃいました。
とても食欲がなかったとは思えないくらいの健啖家ぶりだったので、
私は少し驚きました。
「ずーっと憂鬱だったのよ、なんだかね」とおっしゃったので
「一度病院に行ったほうがいい」とオリーブさんと一緒にお勧めしました。
でも、実はそのことについて、
私はあまり重く受け止めてはいなかったというのも正直なところです。
それよりもその時に決まった個展の内容が、
とても楽しいだろうと予想されるものだったので、
気持ちはすっかりそちらに飛んでいました。
季節の便りのように私から先生に花をお送りする。
その花を、または、その花からインスパイアされたものを
先生がイラストにしていく。
そのイラストを1年分にまとめて個展を行おうということでした。
「どんな花をお送りしようかな。あれもこれも先生に見て欲しいな」と、
楽しい計画で心がいっぱいだったのです。
しかし数日後、先生からご連絡がありました。
「個展はやるけど、花を送るのは半年くらい待ってて」と。
よくない予感がして、深く質問ができませんでした。
そして、半年後。
「そろそろいかがでしょうか?」と先生にメールで伺ったところ、
「ぜひ花が欲しい」というお返事でした。
なんとなく先生のお声に張りを感じることができなかったような気がして、
考えてお送りしたのは芽出し球根のヒアシンスとムスカリでした。
細長い器にまるで寄せ植えをしたかのようにアレンジしてお送りしました。
先生はとても喜んでくださって、
「球根は生きているという実感があって素敵だわ!感動したわ!」
とおっしゃってくださいました。
その時に描いてくださったイラストは、
のちに行われる個展のご案内のポストカードに採用されました。
その半年の間に手術をなさっていたとその時に伺いました。
そして、個展はどうしてもやりたいから今後も続けて花を送って欲しいと。
複雑な思いでした。
でも、私は考え直しました。
個展のことやイラストにしやすい花とか、そんなことは関係なく、
西村先生に喜んでいただくために花を送ろうと決めたのです。
普通のお見舞いの花とは違うものになるかもしれませんが、
先生が花を受け取って笑顔になったり、香りを嗅いだり、
優しく水を変えたりという姿を想像して、
心が安らぐ青臭さとともに季節の花たちをお送りし続けました。
きっと体調の良くない時は
受け取ることすらしんどかったのではないかと思います。
でも、毎回先生は「嬉しいわ」「素敵だわ」と喜んでくださいました。
そして、2017年の6月末に
いよいよジェンテで個展をすることになったのです。
先生のご出席を希望してみましたが、
「やはり皆様に驚かれれしまうから、無理だわ」と。
精力的に描き下ろしてくださったイラストは全部で8点。
花は20点ほどお送りしましたが、それは仕方のないことです。
むしろ8点も大きな作品を描き下ろしてくださったことに深く感謝しました。
他にも小さな手芸ものや古布にイラストを描いてくださったものまで。
さらには会期中に売れ切れ状態が続いては
遠くからいらしてくださったお客様に申し訳ないと、
追加で小さなイラストも描いてくださいました。
個展初日。
西村玲子先生は本当にすごい方だったと
改めて思い知らされます。
先生にお会いできるかもと全国から大勢の方がお越しになりました。
こんな小さな花屋にです。
北海道から、九州から、長野、山口、秋田、石川. . . .
北関東の方も多かったように思います。
描き下ろしのイラストは、オープンわずか5分で完売してしまいました。
そして、皆様口々に、西村先生のことがいかに大好きかを
熱く熱く私に語ってくださるのです。
5日間の会期で思ったことは、
西村先生は日本全国の女性たちに、
いかに元気と勇気と希望を与えていたかということです。
短調な日々の暮らしに、先生のイラストやエッセイは
どれだけの潤いを与えていたかということです。
先生の一筆一筆が、
全女性の心に深く優しく入り込んでいるのかということです。
西村玲子さんが残されたものは、
日々の暮らしの中で探す小さな発見や喜び。
日常の延長で叶えられるちょっとしたおしゃれ心。
毎日の変化は向こうからやってくるのではなく、
自分の中で起こるのだという発想の転換。
個展後に販売売上のお引き渡しとお礼を兼ねて、
ご自宅にお邪魔しました。
お会いした瞬間、先生は以前とは少し変わっていらっしゃいましたが、
その笑顔は変わらず、お元気そうでした。
大きな窓の横にあるダイニングテーブルの上を書斎がわりにして、
イラストを描き続けていらっしゃいました。
少し痩せられたその身体に、
木綿のワンピースをふんわりとまとわれていて、
その可憐さと純粋さはまるで少女のようでした。
初めてお邪魔する先生のご自宅は、
明るい白をベースにブルーがポイントになった、
自然で優しく、とても可愛らしいお家でした。
あまりにも可愛くて素敵で、キョロキョロするばかりの私でしたが、
先生にお断りをしてから少しだけ写真を撮らせていただきました。
小さな世界の小さな喜び。
ほら、日々の喜びはこんなことから始まるんだよと教えてもらったような気がします。
私がお送りした矢車草をドライフラワーにして飾ってくださっていました。
そして、ゆっくりと入れてくださったお茶はほうじ茶。
さくらんぼが甘くて美味しかった。
私たちがお邪魔するのをとても楽しみだったと、
チクチクと手作りして待っていてくださったそう。
猫ちゃんは私のために、と。
当時23歳の猫を飼っていると話したことを
先生は覚えていてくださったのでした。
そして、先日伺った訃報。
昨年は一度も花をお送りしませんでした。
入退院を繰り返していると聞いたからです。
西村先生にもう一度お会いしたかったから、
直接花を手渡ししたいという気持ちもありました。
花は人を元気にもしてくれますが、
時と場合によっては心の負担になることも。
今年の春の花をどのようにお届けすればご負担じゃないかしら?
と考えていたまさにその時、
その知らせを聞くことになってしまいました。
西村玲子先生は私たちの心の中に、
いつまでもいつまでも生きていらっしゃると思います。
毎日はコツコツしたルーティーンの積み重ね。
日々の雑事の中から発見する小さな喜びの積み重ねこそが
人生そのものなのかもしれません。
西村玲子先生の事を読ませていただいて、とても嬉しいです。そちらのお店で個展をされたとの事、「調べて行けばよかった、、、」と後悔しております。色んな事、いつも後で知り、自分の都合で生きていた事に気が付きます。又個展をして頂きたいなあと思っております。